宿無

2001年9月8日

いまボクが住んでいる家の近くには、野良猫がたくさんいる公園がある。近隣の住民の方には迷惑な話だろうが、猫好きのボクにとってはちょっとした癒しの場となっている。わずかだが秋風が立ってきて猫にとっても過ごしやすくなったせいか、公園内をウロついている猫の姿を最近よく目にする。公園内のベンチに居を構えている奴、落ち着きなく自分の縄張りを歩き回る奴。奴らを見ていると時間を忘れるにゃぁ〜。


ボクはどちらかというと、完全にノビている夏の猫のほうが好きなのだが、まぁ、秋の猫も悪くはない。去年の夏、この猫たちを写真に撮ろうと思い立ち、安価ではあったが一眼を購入してしまったほどだ。

結局フィルムには猫たちをほとんど収めていないのだが、それはボクが「刹那的時空間支配というメディア特性を抱える写真における芸術表現」という写真哲学を真に考えているからでは当然なくて、単に上手く写真が撮れないからだ。金をけちった上に、味があるからと全手動のカメラを選択したのが間違いだった。露光にしろピントにしろ、コレだと思う写真を撮るためには現像代が一体いくら必要なんだ。ボクにはそんな金ない。


そんな訳でカメラを携えてはいるものの、それで撮影することはなくボクは猫と一緒に目を瞑る。公園のベンチで猫と並んで座り転寝をする。そうすると起きた時には世界が明るくなっているような気がするからだ。


BGM “夏の日の午後” by eastern youth


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