先日 −その3−
2001年12月13日***
彼が電話を耳から離した。どうやら、相手とは連絡が取れたみたいだ。向こうがやってくるのには暫く時間がかかるらしい。どうせなので構内を歩いてみることにした。
***
その大学に来たのは生まれて初めてじゃなかったが、構内に入った回数は片手で数えられるほどだった。それだからか僕は新鮮な感覚が体に染み入るのを感じた、というようなことは全くなく、低層の色あせたコンクリートの建物がこれといった工夫もなく立ち並ぶ構内に妙な落ち着きを覚えていた。訪れたのが初めてでも落ち着く場所があるように、場所と人間の相性なんて、もっと大風呂敷を広げると“何か”と僕の相性なんて、数で単純に計れるものじゃないんだと思う。
だがいくら落ち着くとはいえ、ほとんど初めて来たに近いような場所である。構内をウロウロしている内に自分が今何処にいるのか分からなってしまう。今日は平日ということもあり、先ほどの彼女と待ち合わせた正門の寂しさとはうって変わって、キャンパス内は人で溢れかえっていた。
行かなければ行けない場所があるわけでもなく、学食にででも行こうか、という話になる。電話の相手が来るまで暫く時間があるということで時間を潰すことにした。
今自分が何処にいるのか分からないが、とにかく彼に連れられて学食まで来てしまった。彼に促され学食に入り、空いている一角を探しそこにの席に座ることにした。
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そういえば少し気になることがある。これから会う人が誰なのか僕は全く知らされていないのだ。流石に誰だか知らずに待ちつづけるというのも、どこか落ち着かない。
「これから誰に会うの?」
「いや、まぁ、いつか話そうと思ってたんだけどさ」
彼が少しだけ深刻そうにして、でもどこにも翳りの無い表情で言葉を続ける。
「いや、実はさぁ、もうお前大学卒業するよな。俺はまだ学生やってるわけだけど。んだから、これからさぁ会う機会も少なくなると思うんだ」
いや、僕が聞きたいのはこれから会う人であって、そんな一昔前のドラマの会話みたいな台詞が聞きたいんじゃない。僕が明らかに不満な表情を作ったのを見て、彼が口を開きなおした。
「実はさ、俺、アイツと結婚するんだよ。俺、結婚するんだ」
僕はスグにその意味がわかった。そして、どうして僕がココに呼ばれているのか、ちょっと分からなかった。結婚する相手の人を僕は知っていたが、それほど親しい間柄ではなく、ましてや個人的な付き合いはなかった。どうして彼が僕に彼女を会わせようとしているのか、全く見当がつかなかった。
再び彼の唇が動き出す。
「いや、別に今日じゃなくても良かったし。でもいつか言わなきゃならんと思ってたことだから」
そうか、そういうことか。変に勘ぐったりした僕は自分が恥ずかしくなった。
別に理由は無かった。ただ報せておきたかっただけなんだ。彼が僕にそのことを伝えてくれて、僕は少しだけ嬉しくなった。
彼女が来るまで僕らはいつものように喋りつづけた。
心の中で僕は祝福の言葉を探したがそれは中々見つからなかった。結局僕はクダラナイ話しかできなかった。
<続かない(と思う)>
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